旅の記憶

gris-bijoux2007-02-07

3月の展示会は初めてなので、連れの友人も確保できたし、視察のためにもやっぱり行ってこようと思います。


じゃ、早速チケット予約しなきゃ〜。ヘイ!ヘイ! と浮かれていたら、



・・・ パスポート、切れてました



超ギリ。


よかった。思い出すのが1週間前とかじゃなくて。



で、戸籍抄本取りに行ったり、1日がかりで再申請しにいったんだけど、手続きの途中でぱらぱらとパスポートをめくっていたら、10年用だったので、それはちょうど丸々20代の旅の記録ということになるわけだけど、


なんだっけ、これ???


という、どう記憶を掘り起こしても思い出せないイミグレーションのスタンプとかあって、高いお金払って旅行しても、まぁ、こんなもんかな(苦笑)、とか思ったり。



でも、一番印象に残っている旅ってなんだろう?



と思うと、どういう訳か、それは会社員時代の中国の検品出張なのです。


行きの成田エクスプレスから、帰りの成田エクスプレスまで全部覚えてる。


広州から車で数時間かけてたどり着く、工場地帯。


黄砂なのか、スモッグなのか、その黄色く色の付いた空気や、一人で泊まるにはやけに広いホテルの部屋で、着いた途端にベットに寝転んで眺めた天井や、そこに運ばれてきたフルーツや、工場で飼われている黒い犬や、サンプルが上がってくるまでの退屈な時間を潰しながら一緒に遊んだニワトリや、どこに行っても出てくる甘ったるいお茶や、怪しい現地のコーディネーターのオジサンと、そのオジサンがどこからか連れてきた現地の美しい女性とホテルの部屋に入っていくのを「おやすみなさい」と言ってエレベーターから見送った光景や、夜の散歩・・・。


まだ部署を変わったばかりで緊張していたこともあって普通よりも意識がはっきりしていたことと、一緒にいった上司がすごいおもしろい人だったということや、帰国してすぐレポート書かされたから、記憶が定着している、ということだとは思うんだけど。


工場といっても、現代的なものではなく、その敷地内に古くて、清潔とはいえない小さな部屋で6人とか8人とかで出稼ぎに来た若い子たちが共同生活をしていて、そういう人たちが工場で手作業をしていたりするわけです。食堂とかももしそこで食事をしましょう、といわれたら少し抵抗があるような、そういう環境です。


でも、だからといって、女工哀史のような悲壮感があるかといえば、そうでもなく、昼休みにバスケを楽しんでいたり、なんだか楽しそうに作業をしていたりするのです。


うまく言えないんだけど、“あぁ、こういうものなのか”と思ったんだよな。


自分たちの仕事はこういうところに行き着いていて、そんなことは何も知らずにわかったかのような顔をして仕事していて、そして、“こういう生活をしているから、不幸なはずだ”とステレオタイプに捉えていても、またそれとは違うところで幸・不幸というものがあるんだな、とか。ああいうところでたくましく、怪しく、生きている日本人がいて、とかそういうことも。


大都市でも大自然でもない、世の中の皮を一枚ちょこっとめくってみた場所、というようなかんじかな。


もう二度と行くことはないと思うけどね。でも、なぜかそれが20代の一番の旅の記憶。・・・って、色っぽくないなぁ。



写真は、ヘアバンド。試しに着けてみたけど、すごいスッキリする(笑)。おすすめ。¥8600(→完売御礼).