アースダイバー
友人から「アースダイバー」を勧められて読んでみました。
ここはなんか気持ちがいい土地だな、とか、逆になんかこのあたりにくるとざわざわするな、とか、理屈じゃなくて、その土地の持つ“なんともいえないかんじ”みたいのはやっぱりみんな肌感覚で感じていて、それが「なるほど、こういう理由だったのか!」とわかって面白い(仮説の域を出ないけど)。
ちょうど先週も雨の降る神泉で友人たちと焼肉を食べていて思ったけど、あの神泉の駅のあたりのなんともいえない空気とかも昔から変わってるなぁと感じていて、実はあそこは谷の全域が火葬場で、死の領域に接した古代からの聖地なんだって。
うちの妹の会社(ラジオ局)が以前あったところは、昔は教会のあったところで、夜になると霊が出るので有名で、でもそれも、テレビ局などと一緒で必ず電波を発信する場所はそもそもお墓やお寺の跡地とか、なぜか霊的な土地に建てられるそうです(TBSとか最初にNHKが電波を発信した愛宕とか、東京タワーとか)。
新宿も、私は昔からあの靖国通りを挟んで向こうが歌舞伎町で、こっち側に伊勢丹とかバーニーズがある、という妙なバランスのエリアだよなぁ、と思っていたけど、それにもちゃんと都市伝説的だけど、昔からの土地の曰くがあったそう。
などなど。
要は、私たちはものすごく「今」を生きているようで、実は無意識に縄文時代から脈々と流れている土地の記憶や呪縛といった、得体のしれないものの中で生きていて、人間なんてそんなものだという話。
一神教の神様は、頭の中にあったプログラムを実行して世界を創造するけれども、環太平洋を生きてきた人間たちは世界の創造をそんなふうに考えてこなかった。プログラマーは世界を創造するのに手を汚さない。ところが私たちの世界では、世界を創造した神様も動物も、みんな自分の手を汚し、体中ずぶぬれになって、ようやくこの世界をつくりあげたのだ。頭の中に描いた世界を現実化するのが、一神教のスマートなやり方だとすると、からだごと宇宙の底に潜っていき、そこでつかんだなにかとても大切なものを材料にして、粘土をこねるようにしてこの世界をつくるという、かっこうの悪いやり方を選んだのが、私たちの世界だった。
人間の心のおおもとは、泥みたいなものでできているにちがいない。ぐにゅぐにゅと不定形で、スマートな思考をする部分とぼんやりした夢を見続けている部分とが、ひとつに混ざり合って、人間の心をつくっている。そういう心が集まって社会をつくっているわけだから、それをあんまりハードな計画や単一な原理にしたがわせると、どうしてもそこには歪みが生まれてくる。
ま、もっとみんなゆるくていいよ、っつー話ですよ。グローバリズムへのアンチテーゼ。
お暇があれば。東京の地理感覚があれば、面白いよ。
写真は、Isabelle Collomb.マカロンのショーツは、こんなケースに入ってます!こちら大人用。アイスキャンディタイプは、子ども用です。各¥3500.